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調査活動
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環境保護関連調査
社会福祉関連調査
その他調査
1
94年8/21佐賀県唐津呼子海底遺物調査 佐賀県唐津市
10名
2
96年2/19〜2/29ネパール植林調査 ネパール・ポカラ
3名
3
97年8/17〜8/20 愛媛県大下島洞窟調査 愛媛県大下島
7名
4
00年2/23〜/29バングラデシュ小学校実態調査 バングラデシュ・ダッカ
3名
5
00年3/3〜3/18ネパール小学校建設調査 ネパール・キウンダーダ
5名
6
00年4/14〜4/16有珠山噴火災害現地調査 北海道虻田町
2名
7
00年8/15〜8/16富士山清掃調査登山 静岡県富士宮市
4名
8
01年1/28多摩川実態調査 東京都世田谷区
16名

◆ネパール植林調査 
1996年 2月28日〜3月9日 3名
 95年に将来的なネパールでのボランティア活動の展開を計画。それを受けて翌96年、ネパールでの現地調査のため2月28日から3月9日までの9日間、斉藤栄次郎(国士舘大学工学部4年)阿部博志(国士舘大学政経学部4年)大橋信一(国士舘大学工学部3年)の3名を派遣した。
 調査内容は主にネパールの地理的環境・経済状況・宗教・宿泊施設・トレッキングなどである。出発前に国内での予備研究調査をし、実際に現地での調査を行った。と同時にネパールでの植林事業についても現地実態調査を行い、今後の活動の可能性等についての調査も行った。

◆バングラデシュへ小学校実態調査 
2000年 2月23日〜29日 3名
 バングラデシュ共和国ダッカへ2月23日〜29日までの7日間、寺島則子さん(国士大初等教育2年)、江藤陽子さん(国士大国文2年)、岩渕友紀さん(国士大初等教育2年)の3名が現地小学校の実態調査を行った。バングラデシュはアジアで一番貧しい国と言われ、面積は日本の約4割程だが、人口は1億2千万人。その8割が農民で識字率は52%といわれている。子供たちは生きるために働き、仕事の合い間に学校へ通っている。 
 訪問した小学校はUCEP Schoolという公立の学校と、Street childrenを集めている2校。小学校では黒板に世界地図をはって日本について説明し、折り紙を折ったり、日本の歌をリコーダーで演奏して交流を行った。
 「勉強は好き?」という問いかけにクラス全員の子供が「イエース」と答え、折り紙を教わるその眼差しはきらきら輝いていた。皆がとても明るく陽気で何事にも興味を示し、学校を楽しんでいた。
 調査隊に参加した寺島則子さんは「バングラデシュの子供は何故あんなに明るく輝いているのだろう。日本とは全く対称的な子供たちの姿を見て学級崩壊や不登校が何だ!と叫びたくなった。嫌々学校に来ている子は一人もいないという現実から、教育というものの在り方を考えさせられた。そんな学校にいるときの子供達の笑顔と、仕事をしているときの真剣な表情にとまどいも感じたが、この子達と一緒に笑いたい、もっと多くの笑顔を見たいと思った。バングラデシュから本当に多くのことを学んだ。この調査で得たものを今後の活動に活かしていきたい。」と語っていた。
 ゴミの中から売れるものをあさり、小さな子供がレンガを割ってお金を稼ぎ、Street childrenが通っている小学校で折り重なるように寝ている子供達の姿に胸を痛めた彼女たち。日本のNGOシャプラニールの人たちが頑張っていたことが唯一の救いであったようだ。今後自分たちに何ができるのか、大きな宿題を持って帰国した。

◆ネパール小学校建設調査隊 
2000年 3月3日〜18日 5名
 ネパールの首都カトマンズからバスで10時間にポカラ、そこからジープで3時間のところにドリマラという町がある。この町をベースキャンプに、来年3月に予定しているネパール小学校建設の調査隊として3月3日〜18日までの16日間調査を行った。隊長に宮本靖子さん(国士大文4年)、高橋弘樹君(国士大法4年)、佐藤久美子さん(国士大文4年)、風見大輔君(国士大政経1年)、小林大祐君(国士大文1年)の5名がこの地に立った。ネパールは山々が連なる国であり、山の斜面に寄り添うように村が点在している。移動は都市部を除けば基本的に徒歩である。村人の中には車を見たことのない人もおり、ザックを背負っての山道は慣れない学生にとってハードな移動となった。今回調査の対象となった村はキウンダーラとマダンプールの2カ所で、それぞれドリマラより徒歩で5〜6時間のところにある。学校を必要としている村までの道路が整備されていないため政府の視察も入れず、結果、NGOも支援が出来ないのが現状である。村には今回大変お世話になった、ネパール在住5年の垣見一雅さんという方がおり、各国NGOの窓口として活躍なさっている。
 子供たちはとてもよく働き、朝起きると牛に餌をやり、水を汲み、朝食を食べ学校へ行く。帰ってきても、牛やにわとりの世話をし、自分より小さい兄弟の面倒を見ていた。この近辺の子供は20〜30sの荷を背負うのが普通らしく調査隊の男子学生が自信喪失になってしまった。「ネパールの人達は僕たちと顔が似ていて他人とは思えなかった。みんなとても優しく、純粋で日本人が忘れかけている思いやりに溢れていた。車の通れない険しい山道の石はたくさんの人が通るために石が磨かれてつるつるに光っていた。その細い道を僕たちが来年資材を運ぶ為に通る。そしてこの村に小学校を建てるんだ、と思うと胸が熱くなった。」と調査に参加した風見大輔君は語っていた。環境はかなり厳しいようだが、今回の調査で実行の可能性はより高まった。これから来年の春の実行に向けて、具体的な計画立案、調整、資金調達に追われることになるだろう。

■有珠山噴火災害現地調査
 2000年3月31日午後1時10分に発生した北海道虻田群虻田町有珠山の噴火により、周辺住民が避難生活を強いられ、生活に多大なる被害をもたらした。「実際、私たちが現地に行き、どういったボランティア活動ができるのか?」という思いから、本会OBの藤本行和(現東京消防庁勤務)と大谷尚宏(綜合警備保障勤務)の2名が4月14日〜16日の3日間、現地調査を行った。今回、虻田町、入江地区などの避難区域に入り現地の様子を見ることが出来た。道路は通行のみ許可され、立ち止まることは許されない所が多く、そこには住民のいなくなった町の治安維持の為に警察官が配備されていた。被災者の様子は、過去に同じ経験をしているので、地域の自治体がうまくまとまっており、ライフラインは行き届いていた。行政が配送した米や副食を自ら自炊するなど、思った以上に落ち着いていた。また、避難するまでに時間があったせいか、ある程度家具や生活用品を持ち出す準備が出来ていたので、物には不自由しておらず、全国から届いた救援物資もほぼ未開封のままであった。避難所として学校の体育館、会社の元社員寮などが開放され、地区ごとに分かれて生活していた。社員寮の中にはテレビ、電話、風呂などが完備されていた。
 現地でのボランティア活動を行っていたのは、主に道内のボランティアで、道外のボランティアは宿泊などの問題でお断りしていた。しかし、現地の被災者は自ら動ける状態であった為、実質的にはボランティアとしての仕事が無い状況であったので、避難所では踊りやダンスを披露するなどのメンタルケアをしていた。しかし、これから火山活動が鎮静化したら、有珠山付近で降り積もった火山灰を除去する為のボランティアは必要になるのではないかと思われる、ということだった。
 被災地周辺の復興はまだまだこれからである。この調査報告をもとに、これからも私たちは被災者の方々にいつでも何らかの協力をしていきたい。

 



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